祭りアイランド九州おおむた『大蛇山』出展同行レポート

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こんにちは、ライターの幸森です。

2019年9月28日、熊本市で開催された祭りアイランド九州に大牟田から大蛇山が出展。

先日当日の様子をYouTubeにて配信しましたが、ご覧頂けたでしょうか?

当日は晴天に恵まれ、迫力満点で熊本を練り歩く大蛇山には沿道からいくつものカメラが向けられていましたよ。

ところで皆さん、ちょっと疑問に思いませんでしたか?

「大蛇山って夏に壊しちゃうんじゃないの?市外に行くときはまた新しく作るの?そもそも誰が動かすの?」

そう、通常夏の大蛇山まつりでは山崩しが行われて毎年新たな大蛇山が作られています。

実は大牟田には出展用の大蛇山があって、いつも皆さんに見えるところで保管・展示されているんです。

出展には多くの人が携わり、所属の垣根を越えた協力体制のもと大蛇山が運行されます。

きっとご存知じゃない方も多いのではないでしょうか。

そこで今回大牟田ひとめぐりでは、大蛇山が市外へ出展する舞台裏も含めて祭りアイランド九州同行レポートをお届けします!

私はこの舞台裏を知って、市外で披露される大蛇山の姿がより一層誇らしく感じるようになりました。

記事を通してその感覚を少しでも皆さんに感じて頂けたら嬉しいです。

熊本の復興と幸せを願って

祭りアイランド九州はラグビーワールドカップ開催期間に合わせて九州・山口の祭りが熊本に集結し、地域の魅力を全世界に向けて発信するとともに熊本地震からの創造的復興を発信することを目的に開催。

おおむた大蛇山は「無病息災」「五穀豊穣」を祈願して人々の幸せを願う信仰行事であることから、被災地域の復興とそこに暮らす人々の幸せを祈願すべく出展が決まったそうです。

2019年5月におおむた「大蛇山」熊本復興応援隊実行委員会を発足し、準備されてきました。

数時間かけて搬出された大蛇山

9月27日金曜日、新大牟田駅の観光プラザで行われていたのは大蛇山の搬出作業。

出展に使われるのはおおむた「大蛇山」まつり振興会が所有する大蛇山で、普段は新大牟田駅の観光プラザで展示されているんです。

(ちなみに、私たちが夏祭りで見る竹や和紙を使用した大蛇山は運搬や長期保存が難しいため、出展に使われる大蛇山はアルミで作られているそうです。)

搬出していたのは、おおむた「大蛇山」熊本復興応援隊実行委員会の皆さん。

委員会に名を連ねている祇園六山振興会が実働部隊となり、手際よく解体されていきます。

各部品が取り外された大蛇山はクレーンに吊り上げられてトラックへと積み込まれました。

16時頃からスタートした搬出作業が終了したのは20時半頃、簡単な作業ではないことが伺いしれます。

出展のたびに毎回こんな大掛かりな搬出作業が行われているんですね。

いざ熊本へ!

翌朝8時半、大牟田駅からバスに乗り込みいざ熊本へ出発です。

到着後に女性たちの控室にお邪魔させて頂くと、昼食もそっちのけで踊りの型や立ち位置などをチェックする姿が見られました。

慣れない会場での披露、普段は別々に祭りを行っている六山での共演、必然的に不安要素や確認事項が増えるのかもしれません。

特に舞を披露する女性たちにとって、他の山の囃子に合わせて踊るのはとても難しいそうです。

私も今年取材していて気が付いたのですが、囃子も掛け声も山によって様々なんですよね。

出展時は基本の形こそ統一するものの、各山の精鋭たちが代わる代わる囃子を担当するためスピード感やリズム感に微妙な違いがあるのだそう。

瞬時にその差異を掴んで音とずれないように踊り続ける……それがどれだけ難しいかは言うまでもないでしょう。

入念なチェックを終えて素早く身支度する女性たちを見ていると、こちらまで背筋が伸びるようでした。

結団式

出番の30分ほど前、結団式が行われる辛島公園へ法被姿の漢たちが集まり始めました。

大蛇山を運行する祇園六山の漢たちです。

それぞれの神社の紋が入った法被をまとう彼らが談笑する光景は、私にはとても新鮮に感じられました。

夏祭りの巡行中、すれ違いざまに目を合わせたり手を掲げたりする彼らの姿は幾度となく目にしましたが、その雰囲気とはちょっと違って。

彼らにとって夏の大蛇山まつりは祇園の神事であり、期間中はどことなくピリピリした空気をまとっています。

でもこの日は各山の神事ではなく、みんなで協力して熊本にパワーを届けるための大蛇山。

だからこその温もりがそこにあったのかもしれません。

そんな彼らは祇園六山振興会会長の掛け声で拳を高くつき上げると、足早にメイン会場へと向かいました。

メイン会場での大蛇山披露

この日大蛇山の運行には、祇園六山の精鋭たち約120名が集結。

端然とした法被姿で移動すると、それだけでぱっと目を引きます。

メイン会場のシンボルプロムナードでは、朝6時に大牟田を出発した先発隊が約2時間かけて組み立てた大蛇山がスタンバイ済みです。

横を通り抜ける観覧客が物珍しそうに大蛇山の顔を眺めていましたが、まさか首を激しく振るとも、煙を吐き花火を散らしながら練り歩くとも想像しなかったことでしょう。

いよいよその姿を披露する時。

先頭に大牟田大蛇山の大きな幟、その直後に提灯を手にした実行委員会の役員が並び、大蛇山を先導します。

紹介のアナウンスを合図にほら貝が吹き鳴らされると、大蛇山は口から勢いよく煙(炭酸ガス)を吐き出しながら首を振り始めました。

祇園六山の漢たちは見事なまでに呼吸を合わせて大蛇山を操り、その絶妙なコントロールによって繰り出される迫力に観覧席からは喝采が送られます。

今回は熊本の復興を願うとともに、ラグビーワールドカップで世界中から訪れている観光客に大蛇山の魅力を知ってもらう目的も持っていた実行委員会。

出来る限り“祭り”の形態に近い大蛇山を見せたいとの考えがあり、異例のかませ披露(デモンストレーション)も行われました。

(かませは無病息災を願う神事で、魂が入っていない大蛇山では通常行われません。)

かませのインパクトは相当のものだったのか、観覧客からは「うちの子もやってもらえませんか?」と声がかかる場面も。

大蛇山が注目を浴びていたのは運行中やかませの時だけではありません。

会場端で待機している間にも、観覧客やイベントに参加していた他団体の方々が横を通るたびに大蛇山の写真を撮っていくんです。

中には大蛇山の法被を着ていた私に声を掛け、撮影した写真を嬉しそうに見せて下さる方も。

市外の方が大蛇山に興味を示される様子がとても嬉しくて、改めて大牟田の宝物であることを感じました。

絶妙なコントロールの裏側

ところで、大蛇山の動かし方にも各山それぞれの手法があることをご存知ですか?

例えばコロと呼ばれる歯止めひとつとってみても、コロ自体の長さも、その使い方も山によって異なります。

▼車輪横の男性が右手に持っているのがコロ

山車の方向を変える際も、前舵で切る山もあれば後ろ舵の山もあるそうです。(今回の出展は後ろ舵。)

舵きりのタイミングは非常に難しく、全員の息が揃っていないと力が分散して思うように動きません。

3トンもの山車を動かすのですから、失敗して何度もやり直せば下山衆の体力を消耗し運行はますます難しくなってしまいます。

しかも出展は普段から一緒に山車を動かしている山の仲間だけでなく、六つの山から集まった面々で息を合わせなければならないのです。

祭りの時以上に大変なことをしているはず……それなのに彼らの動きは実にスムーズでした。

さらに私は運行中、大蛇山が予定と異なるルートを取ったことに気が付きました。

イベントの進行が押していた都合で、急遽その場でルートを変えざるを得ない状況が発生してしまったんです。

それでも大蛇山はまるで最初からそのルートを予定していたかのように、動きを止めることもなく進んでいきました。

チームプレーをリードする六山事業推進部

私は彼らの姿を見ていて“六つの山の集合体”というよりは“ひとつのチーム”であるように感じていました。

一年に一度ほどしかない出展にも関わらず、彼らはなぜ一体感を持ち、驚嘆するほどスムーズにひとつの山車を動かせるのでしょう。

もちろん祭りで培われた個々の技術力や長年築いてきた六山の信頼関係も理由としてあるでしょう。

でもそれだけではなくて、祇園六山振興会にはスムーズな運行の要となる“チームプレー”をリードする存在がありました。

六山が一緒に何かに取り組む際、それぞれの意見を取りまとめて大蛇山の発展に寄与する組織“六山事業推進部”です。

祭りアイランド九州で大蛇山の先頭に立って指示を出していたのが、六山事業推進部部長の岡田則彦さん。

【六山事業推進部部長】32歳の岡田則彦さんが大蛇山に携わり続ける理由とは
みなさんこんにちは、ライターの幸森です。 先日ご紹介した製作途中の大蛇山はもう見に行かれましたか? 夏祭りまであとわ...

岡田さんたち推進部は大蛇山の周囲をぐるりと囲み、連携しながら各所に指示を出していきます。

山車の上にも、赤い腕章を付けた推進部メンバーの姿が常にありました。

彼らは事前準備の段階から各山と実行委員会のパイプ役となって様々なことを調整します。

そして全てを頭に入れた状態で当日を迎え、急な変更にも迅速に対応しながら指揮を取っていたのです。

 

今回は祭りアイランド九州が初めての開催だったこともあり、準備段階はもちろんのこと当日も変更や調整をしなければならない場面が何度もあったのだそう。

運行の合間に急遽イベントスタッフと打合せする推進部の姿も見られました。

運行中も彼らは何度もコミュニケーションを取り、指示を伝達していきます。

指示にばらつきが出れば当然運行に支障をきたすでしょうし、私が感じたあの一体感は生まれないはずです。

彼らの強い結びつきと的確な指示は、大蛇山出展になくてはならないものなのでしょう。

城彩苑親水空間での囃子・女神輿・舞方披露

二度のメイン会場披露を終えると、大牟田神社第二区祇園の女神輿と三区八劍神社の舞方を引き連れて、両社の囃子衆が城彩苑親水空間へやってきました。

四方を観客が取り囲む中、漢たちの迫力ある囃子と女性陣の凛とした舞を披露。

ここでの披露は開催前に急遽決定したのですが、二社は限られた時間の中で合同練習を行い大蛇山披露同様に息の合った見事な姿を見せてくれました。

この競演の様子はYouTubeにて公開中の動画でもご覧頂けますので、ぜひチェックしてみてください。

どよめきを生んだ大蛇山の花火

大蛇山が特に大きな歓声を浴びたのは夜。

19時頃から行われた最後の披露で観覧エリアギリギリのところに振り撒かれた花火は、会場に大きなどよめきを生みました。

その様子はSNSでも投稿されており、反響の大きさを感じます。

 
 
 
 
 
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大蛇山まつりと言えば、動き(山車)・音(囃子・樂)・光(花火)の三要素で、これだけの要素が揃った祭りは全国的に見てもかなり珍しいのだとか。

しかし出展となると三要素のうちのひとつ“花火”は行く先々やイベントごとのルールによって規制されることがあり、博多どんたくなどでは使用されていません。

今回“祭り”を見せたかった実行委員会はなんとか花火を使えるようにと、イベント主催者や現地の警察などにいくつもの書類を提出して掛け合い、念願かなって使用許可を得たのだそう。

もちろん使用時には観覧客に火花が飛ばないよう、花火の担当者も六山事業推進部も細心の注意を払っていました。

大牟田市民にとっては当たり前の“火を噴く大蛇山”ですが、熊本でその姿を披露できた裏側には並外れた苦労があったんですね。

3日がかりの出展を終えて

全ての披露を終えると大蛇山を再度解体し、全員が大牟田へ帰着したのは日付が変わる頃。

翌日も新大牟田駅に集合して大蛇山の組み立てが行われ、3日がかりの出展が無事に終了しました。

様々な団体が協力し、祇園六山の漢たちが心をひとつにして見せた勇壮な大蛇山の姿は大牟田市民としてとても誇らしかったです。

きっと熊本の方々にも、実行委員会が伝えたかった復興や幸せを願う気持ちが届いたことでしょう。

大蛇山は一年に一度ほどこうして市外へ出展していますので、機会があればぜひ現地へ応援に行ってみてください。

今まで以上に大蛇山や大牟田のことを好きになれるはずですよ。

同行取材協力・一部写真提供:おおむた『大蛇山』熊本復興応援隊実行委員会

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幸森 彩香
1985年宮崎県出身。地域の魅力を可視化するフリーライターとして活動中。言葉と肉と甘いものをこよなく愛する肉食系文学女子。produced by OmutaTwinkles
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